警視庁創立150年 警視庁創立150年

街とともに。人とともに。

警視庁は、令和6年1月15日、
創立150年を迎えました
街とともに 都民の皆様とともに歩んだ 警視庁
未来へと続く「世界一安全安心な街・東京」の実現を目指します

News

2024.02.22 イベント

イベントレポートを更新しました

「警視庁創立150年記念コンサート」「ポリスミュージアム(警察博物館)特別展」の際の写真を掲載しました。

2023.12.01 お知らせ
警視庁創立150年について
2023.12.01 お知らせ

警視庁創立150年について

先人が築いてきた良き伝統を継承し、歴史の紡ぎ手として次代を切り拓き、いかなる状況下においても首都東京の安全・安心を守り、都民・国民の信頼に応えるという決意を新たにし、日頃の警察業務への協力に対して感謝の意を伝えてまいります。

記念事業の基本コンセプト

・都民への感謝
・伝統の継承
・未来への飛躍と発展

2023.12.01 お知らせ
記念ロゴについて
2023.12.01 お知らせ

記念ロゴについて

警視庁職員から記念ロゴのデザインを募集し、計736点の応募の中から、大島警察署の女性警察官が考案したデザインが記念ロゴに選ばれました。

制作者が作品に込めた想い

ひと目で警視庁らしさ、安心感、信頼感を伝えたいと思いました。 伝統の継承を、図案化したエンブレムの桜葉で表現するとともに、「150」の「0」と旭日章を組み合わせることで未来を明るく照らしている様を表現して、警視庁がさらなる発展を遂げられるようにとの願いを込めました。

History

慶応3年10月14日徳川幕府が崩壊し、天皇親政の明治の世となってから、わが国は政治、経済、文化等あらゆる制度文物を諸外国から吸収し、めざましい発展を遂げ、近代国家建設へと力強い歩みを続けました。
しかし、時代の流れと社会の進展にともない、治安関係も次第に複雑化し、これに対応する警察制度を確立する必要に迫られました。

このため、政府は、明治5年9月8日大警視川路利良等を警察制度研究のため、欧州へ出張を命じました。一年で帰朝した川路大警視等は、わが国の警察制度が欧州各国に比べ、余りにも遅れていることを知り、その不備を指摘して改革の必要を強調しました。特に首府であり、政治、経済、文化の中心地である東京に、独立した首府警察の実現を図るべきであると政府に建議しました。
この建議こそが、東京警視庁の設置を促す動機となり、明治七年一月十五日太政官達第六号をもって、東京府下の警察事務一切を管理する、東京警視庁の創置となりました。

川路利良は初代大警視(現在の警視総監)に任命され、国事犯については全て警視庁の長に執行の権限が与えられたので、明治39年(1906年)警視庁官制の改正まで、その権限は全国に及んでいました。このため、西南の役はもとより佐賀、萩、秋月、神風連などの騒乱に際し、警視庁の警察官が各地に派遣され、騒乱の鎮圧または警戒警備にあたりました。
このような士族の反乱が各地で頻発したことから、政府は全国の警察を一元化して対処する必要に迫られ、警察力を内務省の直轄下(国家警察)に置くことに決まり、明治10年(1877年)1月、東京警視庁は発足からわずか3年を経ずして廃止されました。

内務省警視局に吸収されて「東京警視本署」となりますが、実質的には明治7年(1874年)1月15日の東京警視庁の設置こそが、警視庁の歴史と伝統の第一歩となります。

初代大警視 川路利良

現在の警視庁組織図※ 2023年12月1日付

1871

1871(明治 4年)

10月23日

従来の府兵を廃し、新たに邏卒(らそつ)を置く

1874(明治 7年)

1月15日

東京警視庁設置

8月19日

警察手帳交付

1877(明治10年)

1月11日

東京警視庁を廃し、内務省に統合

1月27日

内務省直轄の東京警視本署設置

1881(明治14年)

1月14日

警視庁再設置

1903(明治36年)

9月21日

騎馬巡査を配置(騎馬隊の発足)

1915

1915(大正 4年)

11月10日

大正天皇即位の礼

1918(大正 7年)

1月 1日

オートバイ(通称「赤バイ」)による交通指導取締り開始

1921(大正10年)

6月 2日

刑事部設置

1923(大正12年)

9月 1日

関東大震災
 

10月20日

警察官の拳銃携帯が許可される

1927

1927(昭和 2年)

2月 7日

大正天皇大喪儀

1928(昭和 3年)

11月10日

昭和天皇即位の礼

1936(昭和11年)

8月 1日

従来の「赤バイ」が
「白バイ」となる

1946(昭和21年)

3月18日

婦人警察官の採用開始
 

1948(昭和23年)

3月 7日

警察法施行

10月 1日

110番制度発足
 

1950(昭和25年)

6月 1日

無線自動車(パトカー)の運用を開始

1954

1954(昭和29年)

7月 1日

新警察法施行(都道府県警察の発足)

東京都公安委員会発足

1959(昭和34年)

10月15日

ヘリコプター「はるかぜ」導入

1960(昭和35年)

6月

60年安保闘争(第一次安保闘争警備)

1964(昭和39年)

10月10日

第18回オリンピック東京大会開幕

1969(昭和44年)

1月18日

東大紛争警備

1970(昭和45年)

6月

70年安保闘争警備(第二次安保闘争警備)

1972(昭和47年)

2月19日

あさま山荘事件(28日あさま山荘に警視庁部隊突入)

1974(昭和49年)

1月15日

警視庁創立100年記念式典
 

1987(昭和62年)

4月17日

警視庁シンボルマスコット「ピーポくん」制定

1989

1989(平成元年)

2月24日

昭和天皇大喪儀

1990(平成 2年)

11月12日

天皇陛下即位の礼
 

1995(平成 7年)

3月20日

地下鉄サリン事件

2001(平成13年)

6月 1日

警察署に警視庁警察署協議会を設置

2002(平成14年)

10月 1日

警察手帳の形状変更・個人識別章の着装開始

2003(平成15年)

4月 1日

組織犯罪対策部設置

2006(平成18年)

1月 1日

犯罪抑止対策本部設置

2011(平成23年)

3月11日

東日本大震災

2015(平成27年)

4月 1日

人身安全関連事案総合対策本部設置

2017(平成29年)

4月 1日

サイバーセキュリティ対策本部設置

2019

2019(令和元年)

10月22日

天皇陛下即位の礼
 

2021(令和 3年)

7月23日

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開幕

2024(令和 6年)

1月15日

警視庁創立150年

警視庁本部庁舎は、明治7年(1874年)の東京警視庁創立以来、鍛冶橋庁舎、日比谷赤煉瓦(れんが)庁舎、馬場先門内仮設庁舎、旧桜田門庁舎と、時代の変遷とともに移転してきました。庁舎の移り変わりについてご紹介します。

1874(明治7年)

1月24日

鍛冶橋第一次庁舎

所在地八重洲町2の4(鍛冶橋内、元津山藩邸)

東京警視庁の創立とともに、元津山藩邸の一部を改修して庁舎としました。
その後、明治10年(1877年)1月に内務省直轄の東京警視本署となり、明治14年(1881年)1月に警視庁として再設置され、機構の上では変革がありましたが、庁舎は明治15年(1882年)12月4日まで使用していました。

1882(明治15年)

12月4日

鍛冶橋第二次庁舎

所在地八重洲町2の4(鍛冶橋内、元津山藩邸)

第一次庁舎が老朽のため、明治15年(1882年)3月3日、同敷地内に、総工費約1万円をかけて、2階建庁舎の建築に着工、同年12月4日に竣工し、明治44年(1911年)4月16日まで使用していました。

1911(明治44年)

3月30日

日比谷赤煉瓦庁舎

所在地麹町区有楽町1の9(現千代田区有楽町1丁目9番)

鍛冶橋第二次庁舎は、東京駅敷地に編入されることとなったので、明治39年(1906年)年8月8日、日比谷濠端(ほりばた)に約3,357坪の敷地に、総工費約48万円をかけて、赤煉瓦造3階建庁舎の建築に着工、明治44年(1911年)3月30日竣工しました。
大正12年(1923年)9月1日に関東大震災で焼失するまで使用していました。

1923(大正12年)

9月5日

仮設庁舎(震災後の仮設庁舎)

府立一中、商工奨励館、帝劇化粧部屋の一部等を借用し、馬場先門内仮設庁舎ができるまで使用していました。

1924(大正13年)

2月27日

馬場先門内仮設庁舎

所在地内務省敷地内
(現在の馬場先濠皇居側、馬場先門から和田倉門にかけて)

内務省の敷地の使用許可を受け、大正12年(1923年)11月上旬、総工費約81万円をかけて、木造平屋建庁舎の建築に着工、大正13年(1924年)2月27日竣工しました。
その後次第に増築を行い、39棟を一連とした庁舎で、旧桜田門庁舎ができるまで使用していました。

1931(昭和6年)

5月29日

旧桜田門庁舎

所在地麹町区外桜田町1番地(現本部庁舎所在地と同じ)
(陸軍省陸軍教導団砲兵屯営の跡地)

大正15年(1926年)10月28日、現在の桜田門に総工費約420万円をかけて、地下1階、地上5階建庁舎の建築に着工、5年後の昭和6年(1931年)5月29日竣工し、昭和52年(1977年)1月まで使用していました。
関東大震災後の「霞が関官庁街集中計画」の先陣を切った建築でした。

1976(昭和51年)

6月から順次移転

仮設庁舎

所在地 本部庁舎(港区西新橋1丁目2番9号)(旧三井物産館) 永田町庁舎(千代田区永田町1丁目11番39号)(東京消防庁旧庁舎) 新橋庁舎(港区新橋6丁目18番7号)(現警視庁新橋庁舎所在地) 警察総合庁舎(千代田区霞が関2丁目1番1号)(現在も同じ) 音楽隊仮庁舎(荒川区南千住8丁目付近)

1980(昭和55年)

6月17日

現警視庁本部庁舎

所在地千代田区霞が関2丁目1番1号

昭和52年(1977年)6月8日、約5,915坪の敷地に総工費約271億円をかけて、地下4階、地上18階建庁舎の建築に着工、昭和55年(1980年)6月17日竣工し、現在に至ります。
新庁舎の建設にあたり、「伝統ある首都東京の治安の殿堂にふさわしい威容(いよう)を備えた格調の高い庁舎」、「都民の警察として親しみの持たれる明るい雰囲気のある庁舎」などが、基本構想として掲げられました。

詰襟から背広型へ、軍服的なイメージから市民への威圧感の少ないものへ、そして、機能性・活動性を追求しつつ美的にも優れたものへ。警察官の制服は時代とともに進化してきました。
明治4年(1871年)の邏卒制度発足に伴い、初めての制服が着用され、明治7年(1874年)に服制が定められて、警視庁の警察官すべてが制服を着るようになりました。
第二次大戦後、それまでの詰襟から背広型へとデザインを一新。現在の制服は、機能性・活動性とともに、警察官にふさわしい凜々しさや美しさも兼ね備えた物になっています。

男性警察官の制服

1890(明治23年)

1908(明治41年)

常衣(警部・警部補)

1908(明治41年)

1935(昭和10年)

冬服(巡査部長)

1949(昭和24年)

1954(昭和29年)

盛夏衣(巡査)

1968(昭和43年)

1994(平成6年)

冬服(巡査)

1994(平成6年)

現在

現制服(巡査)

女性警察官の制服

1949(昭和24年)

1951(昭和26年)

盛夏衣(巡査)

1951(昭和26年)

1954(昭和29年)

冬服(巡査)

1976(昭和51年)

1994(平成6年)

冬服(巡査)

1994(平成6年)

現在

現制服(巡査)

Movie

Event

2024.02.20
ポリスミュージアム(警察博物館)特別展

令和6年2月20日、警視庁創立150年記念特別展を開催しました。
150年間を、①「明治・大正」、②「昭和」、③「平成・令和」と三つの時代に分類して、それぞれの時代の警視庁の主な出来事や行事を当時の写真と制服の変遷等を展示しております。

2024.02.08
警視庁創立150年記念コンサート

東京オペラシティコンサートホールにて、警視庁創立150年記念コンサートを開催いたしました。
警視庁にゆかりのある作品や、警視庁創立当時に作曲された作品などを演奏しました。

Report

警視庁創立150年記念
パンフレット

PDFのダウンロードはこちら